豊臣石垣発掘の最終段階となる第6次調査は、令和2(2020)年3月から開始されました。平成27(2015)年度の調査終了時点から第6次調査開始までに、長い時間を要したことにはいくつかの要因がありました。なかでも、平成28(2016)年4月に発生した「熊本地震」による熊本城の石垣崩壊や、平成30(2018)年6月に発生した「大阪北部地震」、近年頻発するゲリラ豪雨などから石垣を保護する設計の再検討が必要とされたことが大きな要因となりました。
これらの経緯については機会を改めることとし、ここでは石垣の発掘調査の経緯について述べたいと思います。
令和2年3月には地下7mまで掘削する範囲の山留工が完了し、発掘調査を開始しました。第5次調査までに発掘調査が終了していた徳川期再築時の盛土層上面まで機械によって掘り下げ、いよいよ石垣の発掘にかかります(写真1)。
7月には隅角石2石分の深さまで掘りあがっています。調査地の地面を見ますと、灰色の部分(左側)と黄褐色の色合いの違いがくっきりとわかります。
写真1.徳川期盛土上面の検出(2020年3月)
写真2.石垣の検出状況(2020年7月)
灰色の部分は、未発掘である徳川期の盛土層、黄褐色の部分は昭和59(1984)年度と平成25(2013)年度に調査した後、新しく埋め戻した砂の層です(写真2)。
11月には隅角石4石の部分まで掘りあがっています。隅角石が他の築石よりひときわ大きいことがわかると思います(写真3)。この石材が古代の寺院の礎石である可能性があることは、昭和59年度の調査でわかっていました。また、平成25年度に再発掘した部分の石の特徴は本コラムVol.25で紹介しています。
写真3.石垣の検出状況(2020年11月)
写真4.石垣の検出状況(2020年12月)
写真4は掘削予定範囲の北半部にあたる石垣はほぼ掘りあがっていますが、掘削予定範囲の南半部はまだ掘削が続いている段階です。そして、全体の発掘がほぼ終了した令和3(2021)年2月19日~21日にかけて一般公開を行いました。コロナ禍であったことから人数制限(事前応募制)を行わなければなりませんでしたが、見学いただいた方には、夏ノ陣の頃の地面の深さや徳川期の石垣と見るからに異なる石垣の姿を実感いただけたのではないでしょうか。また、現地で石垣を見ていただけなかった方や石垣の細部を見ていただくため、ホームページ上で石垣の動画を紹介しています。ぜひ、ご覧ください。
平成25年度から始まった発掘調査の経過と概要を6回にわたって紹介してきました。当初予定された範囲の調査が終了し、本格的な建設工事に移行することになりました。
石垣の全体像が明らかになりますと、石表面の劣化や間詰めの抜けなど、石垣の保護や、地盤の補強などの措置が必要であることが明らかとなりました。現在は石垣養生が終了し、石垣の姿は見られなくなっています。この間の作業については、本ホームページの工事の進捗で紹介しています。次に石垣が姿を現すのは、公開が間近に迫った頃になりますが、折に触れ、工事の進捗の中で紹介していきたいと考えます。
写真5.石垣の保護状況(2022年9月)
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